週刊ダイヤモンド 2001年6月2日
読書 (政治経済) 宮崎伸一
驚異的な支持率の小泉首相が登場して、「構造改革」が声高に叫ばれるようになった。歴史をひも解けば、「改革的な」政策が俎上にあがるためには、経済が破錠し、社会が行き詰まっている必要がある。「危機」を打開し、新たな展望を開きたいという国民の思いはわかる。しかし、それは本当に正しいのか。冷静に考えてみたい。
いいタイミングで出たのが「円の支配者」。著者はドイツ人の研究者、日銀にもスタッフとして入り込んだことがあり、その内情にも詳しい。目からウロコ、というべき内容の本だ。バブル経済の始まりから失われた10年と呼ばれる1990年代の不況に到る経済危機は、作られたものではないにかという素朴な疑問を解明してゆく。
バブル経済の端緒は、86年にでた「国際協調のための経済構造調整研究会」報告書。これは座長である元日銀総裁の名前をとって「前川レポート」と呼ばれている。輸出志向型の日本経済を内需中心の国際協調型なものに変革しつつ、その経済的地位にふさわしい国際的義務を果たし、国民生活の質の向上を目ざし、豊かさを追求する、というのがその骨子だ。
振り返ってみるとわかることがある。この「前川レポート」こそは「構造改革」の触書であり、「日本改造10年計画」にほかならない。革命的に日本社会を改造するため、経済の根幹である「信用供与」を通じて、危機を演出してゆく。そのための武器が、個別の金融機関に対する「窓口指導」だった。
小泉内閣の叫ぶ「構造改革」といえども、日銀の手の内にある。原題「円のプリンス」である戦後の日銀の実力者たち(新木栄吉、一万田尚登、佐々木直、前川春雄、三重野康、そして福井俊彦"次期"総裁)の企みが、スリリングに描かれる。アメリカ型の経済システムに改造することが本当に日本人にとって幸せなのか、まずはこの本を手にとって考えていただきたい。