サンデー毎日 2001年6月10日
らいぶらりぃ 一冊の本
メチャ面白い日銀への告発 評者・今井 澂
「日銀が日本をデフレから脱却をさせることや、景気回復に非協力的だ」という見方は、外国人機関投資家の間ではここ何年か「定説」になっている。大切なカンどころで必ず政策を間違えるという意味だ。この本はもっとすごい。1980年代のバブルの発生まで、実は日銀生え抜きの一握りのプリンスたちが、権力奪取と日本の構造改革を狙った仕掛けという。 1980年の前川レポートがその戦略の根幹にあり、省名まで失った大蔵官僚と大量失業を出した国民が犠牲者だ-----。このショッキングな本の著者ヴェルナー氏と、私は11年前、日債銀顧問のときに知り合った。日銀による金融の量的供給や株式市場の動向をかなりの高い精度で予測するという分析で、当たり屋ストラテジストとして有名だった。当時から同氏は、今回出版された本の内容の相当な部分は持論。その後、日銀内部からの取材などリアリティを加えて一冊にした。 ヴェルナー氏は67年ドイツ生まれでオックスフォードと東大の大学院を経て、ドイツ銀行、野村総研、開銀、そして日銀にも一時在籍した。現在は独立エコノミストとしてテレビなどでもお馴染みだ。
通貨需要起きないのではなく日銀が阻害
ところで内容だ。面白いことはメチャ面白い。佐々木、前川、三重野、いずれ就任されるといわれている福井俊彦氏の名まで入れてマフィアのコーザ・ノストラみたいな連帯で日本を支配しようとしているとの「証拠」が書き込まれている。とくに日銀が「低金利で十分に景気刺激を行ってきた」と主張しているが「それはインチキ。中小企業は資金不足に苦しんでいる」と通過需要が起きないのでなく、日銀が阻害しているのだ-----と追及するあたりは迫力がある。日銀は「窓口指導」という信用統制の手段をもっている。これがバブル発生のときは市中銀行の貸し出し増加を迫る武器になった。逆に土地価格急落から資産デフレの時代にかけては、中小企業いじめの武器となった。日銀営業局が陰謀の主役だとヴェルナー氏は言うのである。
私自身この意見に相当部分同感だ。30年程前は、日銀は適切な水準の通貨供給を主張していた。ところがいつのまにか「マネーの供給は日銀がコントロールできるものでなく、結果だ」と方針がスリかわった。責任逃れではないかと日銀関係者に聞いたが、納得できる回答はもらっていない。ただ、私はバブルが発生したのはプラザ合意以降の円高がキッカケ、また金融引締めがワンテンポ遅れたのはブラックマンデーのため、と考えている。
また土地価格を下げるための性急な金利引下げと金融緩和への転換の遅れは、当時の三重野総裁を平成の鬼平と持ち上げたマスコミと、世論迎合の行政とに問題がある。
バブル時代の終りごろ、私は銀行顧問で比較的自由に他行のトップとお話しできた。当時大蔵省銀行局長が不動産、商社、建設の三業種を選んで融資を通達の形で規制したとき、大手行経営者が「これはゼイタク品を規制した第二次大戦下と同じ伝家の宝刀。切れすぎるので、日本経済の足を自分で切ってしまう」と発言したのを記憶する。またNHKが三夜続けて地価をテーマに特集番組を放映したが、某財閥系総研が「地価が半分になっても4%以上の成長は可能」というシュミレーションを発表。これが世論誘導のキメ手になった。 まあそうした事実認識は別として、フリーメイソンみたいな日銀の世界の内部告発と見て読むと実にスリリングで楽しい。おすすめ。
いまい・きよし
1935年生まれ、慶大卒。国際エコノミスト。白鴎大学教授。証券と銀行の世界に精通した国際金融の専門家。マネードクターの異名を持つ。著書多数。