投資経済 2001年 4月号

三原淳雄のマーケットウォッチング


日銀がいざなう長期不況への道

今こそ信用創造で景気回復を

リチャード・ヴェルナー

対談 三原淳雄氏(経済評論家)


資金需要は中小企業と政府に

三原

ヴェルナーさんは日銀ウォッチャーとして有名で、実際に日銀内部にいた経験もあり、経済の状況を反映するお金の流れをご覧になっています。先月には日銀が公定歩合を下げ、またロンバート型貸し出しの導入に踏み切りました。これらは効き目があるのでしょうか。

ヴェルナー

基本的に変化は少ないと思います。ロンバート型取引は決して悪い制度ではないのですが、現在の日本の経済状況や金融市場の問題に、直接的な対策として有効かどうかは疑問です。

三原

金利の世界は債券の売買だけでなく、お金の借り手がいるのかどうかがベースですね。借り手がいないときにシステムだけを作っても影響は大きくないのではないでしょうか。

ヴェルナー

以前にも、コール市場で日銀が資金を提供しましたが、その前から資金需要がないと言明していた市場でした。短期コール市場もロンバートシステムも金融機関を対象としたものですから、資金需要は限られてきます。現在、資金需要が十分あるところは中小企業と政府ですから、それらに対して日銀が何も資金を供給してないことがポイントです。

 まず、問題の原因ですが、バブル経済で銀行の過剰貸し出しが不良債券となり、リスクを取れなくなりました。そこから貸し渋りが起こり、銀行貸し出しがあまり増えていません。銀行は貸し出しを行う場合お金を作る、つまり信用創造をします。すると、経済的にはお金の量が増えます。ですが、ここ数年はお金の量が増えていないので、景気が良くなりません。

三原

信用創造とは、ある会社が一億円を支払うために一億円借りる。そして、貸したところがまた一億円借りるという循環ですね。

ヴェルナー

つまり、銀行からお金を借りると銀行は無からお金を作ります。そして、中央銀行の役割とは、その銀行や経済にお金を貸し出すことです。

 一九四五年の敗戦時に、日本の銀行の状況は現在の不良債券の状況よりもはるかに深刻でした。銀行の資産はほとんど100%不良債券でしたから。持っていた債券は戦時国債で、敗戦時の戦時国債の価値はゼロです。その時の日銀の動きは非常に適切でした。当時は銀行がお金を出せないので、日銀が直接企業にお金を貸し出すという銀行の役割を果たしたのです。

 実は、日銀は九八年にも同じことを行いました。企業がお金を借りるときにはCP(コマーシャルペーパー)を発行し、日銀がそれを購入します。そのことが九九年の急激な景気回復につながったのです。残念ながら、日銀はその後、CPの購入である買いオペを減らしたのです。

三原

企業への資金提供には買いオペ、政府には国債の購入というわけですね。

ヴェルナー

日銀が国債やCPを買うことに制限はありません。日銀はよく「資金需要がないので買うことができない」と言っていますがそれは違います。

三原

資金需要を作るのも日銀の役目ではないですか。

ヴェルナー

中小企業と政府部門で資金需要があることは確かなのです。そこにお金を投入すれば、一年以内には景気は回復します。そうすると他の部門でも資金需要が回復して景気が良くなり、資産価格も安定してきます。


信用創造で円高防止を

三原

お金の世界も需要と供給のバランスですから、供給が増えれば日本にとって好ましい程度の円安も可能だということですね。

ヴェルナー

九八年に日銀が国債とCPを購入し、景気が回復して同時に円安にもなりました。

三原

怖いのはアメリカが金融緩和に踏み切り、日本が金利を上げてくると円高が進むのではないかと心配しています。

ヴェルナー

その可能性は大です。日銀はもちろん日本に対する責任が第一です。アメリカの連邦銀行も自国に対して責任があるわけですから、現在の下火になってきた景気ではドルを投入します。連銀がドルを投入して、日銀がしなければ必ず円高になります。今こそ、日銀が信用創造をしてお金を投入すべきです。

三原

なぜ日銀はデフレ懸念が払拭されたということにこだわるのでしょうか。デフレがなくなったのでゼロ金利を解除したといっていますが、実際にはデフレが続いています。

ヴェルナー

デフレには二つの定義があります。厳しいのはCPI(消費者物価指数)とWPI(卸売物価指数)がマイナスになればデフレという定義で、日銀はこの狭い定義を利用して「デフレではない」と言ってきました。今はこの定義でもデフレになっています。

 もう一つの定義は、実際の成長率が潜在成長率を下回ることです。この状態では物価の伸びが鈍化しますので、デフレプレッシャーがかかってきます。逆に上回るとインフレとなります。私は現在の日本の潜在率は四%と見ています。この定義では、ここ数年はずっとデフレが続いています。

三原

この三年間の名目成長率が実質成長率より下ということは異常なことでしょう。

ヴェルナー

すくなくとも、日本は名目GDP成長が二〜三%なくてはなりません。それを下回ればデフレです。過剰設備となり失業者も出る状態です。実際の成長率を潜在成長率に合わせることは中央銀行の役割です。下回る場合にはお金を作って量的刺激をし、上回る場合にはタイトにしてインフレを抑えることなのです。

 日銀が最近言っている「構造転換による良いデフレ」には矛盾があります。構造転換すれば潜在成長率が上がります。すると実際の成長率とのギャップが大きくなりますから、さらに日銀はお金を創造していかなければなりません。


日銀はわざと不況を長引かせている

三原

日銀が頑なに金融政策を変えないのは、他に目的があるのではないでしょうか。

ヴェルナー

私は日銀の政策を10年以上分析しています。九二〜九三年に私が日銀にいたときには、政策の失敗だと思いました。量的緩和の効果を良くわかっていないと思っていたのです。

当時の日銀のある人に、なぜ今お金を作らないのかと訊ねたことがあります。こういう説明でした。「お金を注入すれば確かに景気回復になる。しかし、今、景気が回復することは日本にとって良いことではない。短期的には良いが、構造的には何も変わらない。」

 つまり、わざと不況を長引かせるような政策を取っているということです。当時は私も信じなかったのですが、何年もの研究から「その通りだ」という結論にならざるを得ませんでした。何年も日銀が一貫していた取引と政策を考えるとそれしか結論が出ないのです。

三原

とことん日本を不況にして、追い詰めて日本を変えようという結論ですね。

ヴェルナー

いくつかの例があります。

 まず、大蔵省も九二年から総合景気対策を決め、そして日銀に金利を引き下げるプレッシャーをかけました。日銀はこれに応対して金利をゼロにまで下げましたが、問題は金利をいくら下げてもお金の量が増えなければ景気は良くならないということです。実はこのことは日銀が良く知っていることなのです。

 二番目に、政策では金利引き下げで景気が良くならないので、大蔵省は財政刺激策を行いました。九二年から十四回もの刺激策を行い、総額は一三〇兆円です。大蔵省はお金を作れませんので、景気刺激策を行う場合は国債を発行します。

 投資家はこの国債を買うのですが、投資家もお金を作ることはできません。そして、お金を注入されたところは部分的に景気が良くなりますが、引き出されたところは逆に景気が悪くなり、差引きゼロになるのです。お金のシフトが起こっているだけなのです。

三原

本当は効果を出すためには、日銀が国債を購入することにより、お金を作り出さなければならないのですね。

ヴェルナー

この頃の日銀の取引を見ると、国債はほとんど買っていません。

 そして三番目には、九四年終盤から九五年にかけて、金利引下げも財政総合経済対策も効果がなかったとき、もう一つの策を取りました。円安にして輸出を増やすことです。大蔵省は為替介入の責任者です。大蔵省は九四年から九五年にかけて、毎月世界最大規模の二兆円という為替介入、つまり米国債購入を行いました。実際の取引を行うのが日銀です。

 しかし、この大量の資金の出所は国内経済だったのです。日銀の所有している国債を売却してお金を作ったのです。しかも為替介入資金よりも多い国債を売却しました。つまり、効果はマイナスです。日銀は信用創造ではなく、信用破壊を行ったのです。

 為替は連銀の信用創造と日銀の信用創造の差で決まります。この状態では、お金が米国から日本に流入して円高になります。九五年四月の七九・七五円という歴史的な円高は日銀の取引の結果だと証明できます。

 この時に初めて、日銀が景気を回復させようとしていないという話が本当だったと理解できました。その後の取引を見ても、日銀は不況を長引かせるような政策を取り続けています。

 九三年の三重野総裁は「中央銀行としての政策目的は短期的な景気回復ではなく、長期的に日本の経済構造を考えること」と言っています。その後の福井副総裁、山口副総裁も同様の発言をしています。

 確かに構造転換を行おうとすると、世界の歴史を見ると、危機がないとできないのです。


日銀は国民に説明せよ

三原

まだ、日銀は最終的な危機に至っていないと判断しているのでしょうか。日銀は説明責任があると思うのですが。ゼロ金利解除やデフレではないなどの言い訳ばかりが目に付きます。

ヴェルナー

日銀の発言に惑わされることなく、実際の行動を見るべきでしょう。日銀がわざと不況を長引かせることにより、構造転換をさせようとしているなら大変なことです。つまり「日本の政府は日銀だ」ということになるわけですから。

三原

確かに彼らの判断が正しいこともあります。しかし、それは日銀の決めることではありません。戦後最高の失業率やそれによる自殺などの問題もあります。

 ヴェルナーさんの母国、ドイツの中央銀行ブンデスバンクではどのような状況ですか。

ヴェルナー

ブンデスバンクも日銀も独立しているという意味では同じですが、ブンデスバンクやアメリカ連銀の目的は物価の安定と経済の安定です。新しい日銀法には物価の安定は謳っていますが、経済の安定はありません。

 彼らはドイツの歴史で最大の金融政策の失敗は一九二二年から二三年のハイパーインフレだと認識しています。その原因は、政府による当時の中央銀行への大量の信用創造の命令です。そして中央銀行が政府からある程度独立していることが必要だと気付いたのです。

 日本での大きな金融政策での失敗は景気循環で景気が失速した時の振れが大きいことです。バブル崩壊の時だけでなく、六〇年代や七〇年代にもありました。やはり、量的政策が問題だったのです。

 日本では日銀の独立性がありすぎることが問題ではないでしょうか。日銀法の改正で日銀の独立性がさらに高まったことは失敗だったと思います。

三原

日銀はアカウンタビリティー(説明責任)を果たして、量的政策を含めて、考えていることを国民に伝えるべきですね。

ヴェルナー

対策として、日銀法を改正して政府がGDP成長率を決めるべきだと思います。目標を示して日銀にオペレートさせ、目標達成に遠く及ばないようだと、責任を取らせるような体制が必要でしょう。

三原

最後にアメリカの景気をどのように見ていますか。また、日本への影響は。

ヴェルナー

昨年の中頃からアメリカの信用創造の量が増えています。今年の夏頃から、景気は底を打って上がってくると思います。夏までは悪いニュースなどがあるでしょうが、ヨーロッパは相変わらず強いですし、たいした影響はないと見ています。

 国内景気対策で大蔵省ができることがあります。資金調達に国債を発行するのではなく、大蔵省が銀行からお金を借りれば良いのです。そうすれば、信用創造が急激に回復します。

 実は、昨年から中央政府への銀行からの貸し出しが増えており四四七%に達しています。ベースは低いのですが、信用創造が急激に伸びているので、日本はこれから良くなると思います。